会長の部屋

7月14日 ロータリー賞受賞者 岩永敏文さんの卓話

2024年6月17日

ロータリー賞受賞者 岩永敏文さんの卓話

幼少の頃は病弱でした。半分棺桶に入っていたのも同然でした。小学生の頃も病弱で、皮膚はカサだらけでした。中学生の頃も相変わらず病弱でした。終戦後まもなく野球の道具もない頃でした。そのころ友人がボールとバットを持っていた私を誘いに来てくれました。そこに参加することで元気になっていきました。

 

高校の頃は成績は悪く、体育は100メートルを走れませんでした。通学に時間がかかり、疲れてしまって勉強はできませんでした。ソフトボールがはやり出し、キャッチャーを希望して足が強くなりました。

 

趣味は一人旅でした。しかし昭和60年9月48歳の時腰痛ヘルニアで入院しました。1ケ月ベッドに座ることもできませんでした。そのとき同室の人から腰痛に関する本を見せてもらいました。その中に、デコボコした土地の道を歩くのが良い、と書いてありました。登山は特にデコボコした道を歩き、心肺機能を高め、脳を活性化する役目があると知りました。

 

昭和62年50歳の時、すばらしい登山の先輩に出会いました。登山技術を習い、あっちこっちと登って回りどんどん元気になりました。先輩が世界最高峰のチョモランマに登頂されました。私はチョモランマは無理なので、経ヶ岳に8,848メートルになるよう1回10メートルで884.8回登る約束をしました。2003年から始めて9年目の2011年1月29日に885回登頂しました。その時は先輩にも記念に一緒に登ってもらいました。その前後を合わせると、経ヶに2,000回登っています。

 

2,003年に登山を始めて、経ヶ岳が元気にしてくれたので、お礼と感謝の気持ちを込めて他の山の標柱より立派なものを建てようと思いました。1回目は森林管理事務所の許可をもらい、文字は従兄に書いてもらいました。2,005年11月3日に建てました。309回目の登頂でした。10年目の2回目も森林管理事務所の許可をもらい、直径40センチの桧を製材所で芯の所だけ25センチに削ってもらいました。重さは20キロ、土台は14キロ、道具も14キロありました。2015年11月3日に山の仲間に手伝ってもらい、中山峠から担ぎ上げました。1,391回目の登頂でした。

 

登山のおかげで想像以上元気になりました。感謝の気持ちを込めて、制作したものをすばらしい登山仲間の協力を得て、無事建てることができました。現在122.5メートルの上山に、3日に1回の割で123回挑戦中です。

 

最後になりましたが、今日こんなに立派な賞をいただき、ありがとうございました。